○書評

書評「安全は利益を生む」

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「安全は利益を生む-労働災害損失コストの算定法-(算定ソフトCD-ROM付き)」

独立行政法人 労働安全衛生総合研究所 上席研究員 高木 元也 著 著  労働調査会 2012年5月

労働災害によって多額の損害が発生することを作業者に教育する。そのことによって安全意識を高めることを狙った意欲作。労働災害による損失項目と損失コスト算定方法を示したうえで、実際に発生した14事例での損失コストを算定している。労働災害損失コスト算定ソフト(CD-ROM)を付属させたほか、ソフトの概要や使用マニュアルを掲載しており、ソフトを使った損失コスト算定がすぐにできる。

ほとんどの人は利益を求めて行動しているのではないでしょうか。
お金を得ることもありますが、利益の種類はそれ以外にもあります。注目を集めたい、恋人を作りたい、趣味を充実させたい。人によって利益は様々ですが、いずれもなにかメリットを得たいという行動といえます。

会社にとってもこれは同じで、企業活動は利益の追求です。
利益を上げることは、経営者の使命です。

念のため付け加えると、利益とは売上だけではありませんよ。顧客に喜んでもらうことも利益に含まれます。

利益を上げることは、行動原理です。

利益というものは、メリットを生むもの、プラスになるものというイメージがあります。

利益を上げる企業活動は、モノを生産し、販売することです。
製造部門や営業部門は、利益を上げる、会社のメイン部門といえますね。
収入を増やし、支出を減らすことは、利益をあげることになります。

一方、安全衛生活動そのものは、メイン活動をサポートする活動です。
サポート部門ですから、利益を上げる上げないということには、一見すると関りがなさそうです。むしろ支出だけかかります。

しかし、直接利益を上げないからと言って、軽視していると、とんでもないことがおこってしまいます。
もし事故が起こってしまったら、とんでもない代償を払わなければなりません。

利益は生まないのに、疎かにすると損害を生み出してしまう。
安全管理とは、損害を生まないための活動といえます。
病気に備えて加入する保険に似ていますね。

労働安全衛生コンサルタントの登録時研修でも、安全は利益を生むという話題がありました。
その時の話では、安全管理は品質管理と同じようなものなのだというのです。

高い品質の商品やサービスは、よく売れ、利益を上げます。
しかし品質に問題があると、売れません。それどころか損害を生み出してしまいます。
最近の旭化成建材の杭打ち不良などは、最たる例ではないでしょうか。どれほどの損害が発生するのやら。

事故もこれと同じくらいの損害を生み出します。人が死ぬという可能性を考えると、お金では換えられない損失を出します。

安全活動が直接売上を上げるわけではありませんが、損害発生によるコストを下げることはできます。
もしもに備えてなので、保険と同じようにリスクに備えた投資です。

もしも死亡事故が起こったら。
これらによる損失は、中小企業であれば致命傷になりかねません。

起こりうる損失を防ぎ、発生時の影響を最小とすることは、会社経営として無視できないことでしょう。

特に経営者の方へ。
安全管理は、損失を最小とする「利益」もたらすのですよ。

index_arrow 事故のコストは

事故による損失を小さくすることによ、利益をもたらす。
「安全は利益を生む」はこの趣旨で書かれているものです。

繰り返しになりますが、安全活動を熱心に行っても、売上はあがりません。
直接的にプラスが生まれないので、利益というと、ピンと来ないかもしれません。
しかし経営する立場であれば、この利益は分かるのではないでしょうか。

この本では、労働災害による損害の大きさを知ることによって、安全な生産活動の意味を教えるものなのです。
そのため、この本では、わかりやすく労働災害が起こったら、これだけの損害コストがかかりますと、数字で示してくれています。
数字で示されると、こんなにも損害が出るのかと実感しますよね。

労災保険の値上がりはどれくらいの費用になるのか。
損害賠償はどれくらいの費用になるのか。
療養中の保障はどれくらいの費用になるのか。
元請けと下請け、事故を起こした会社では、どのような費用の違いがあるのでしょうか。

これらのことはパッと思い浮かぶでしょうか?
おそらく無理でしょう。

この本では、こういったコストの算定方法を示してくれます。
しかも付属のCD-ROMにコスト算定ソフトが付いています。
これが重要なので、もう一度いいますが、損害コスト算定ソフトが付属しています。

事前にシミュレーションができますよね。

では、事故が起こった時のコストにはどんなものがあるのでしょうか。
簡単に紹介してみます。

損失コストには、直接的損失と間接的損失の2種類があります。

まずは直接的損失から見ていきます。
直接的損失には、次のようなものがあります。

1.労災保険料の増加
2.補償費(療養補償費、休業補償費、傷害補償費、葬祭費、弔慰金など)
3.訴訟関係費(民事訴訟、和解金・示談金、)
4.物的損失(建物、機械、資材)
5.現場生産性に関する損失(人件費の増加、現場管理費の増加、遅延による違約金)
6.その他の費用(通信費、官公庁費、地域対策費)

これらは、直接お金を支払わなければならないものです。
全てが全てというわけではありません。また元請けの立場か、事故を起こした会社の立場かでも、支払うコストは変わります。

次に間接的損失です。
間接的損失には、次のようなものがあります。

1.人的損失(被災者関係(休み、死亡))
2.工事関係(救援・介護、作業手待ち、調査、教育、スケジュール変更)

実は、場合によっては、この間接的損失の方が莫大な損失になることがあります。
もし熟練の作業者が亡くなると、その代りになる人はそうそういません。技術が途絶えることもあります。

これらの損失について、ソフトで計算ができるようになっています。

index_arrow 実際にはどれほど支払うのか

コストの算定について説明があった後、この本では実例を多数、紹介しています。
この実例は結構シャレにならないコストになっているのです。

特に、このケースは目を引きます。

「シートパイル引き抜き作業中のクリアバイラー落下の事故」
この事故は、2次下請けの男性が事故に巻き込まれ死亡しました。

どれほどの金額になるかというと、まとめるとこんな感じです。
明細については、本をご覧ください。

「直接費 事故当時会社が支払った上積み補償が2,410万円
示談金4,200万円、うち元請けが2,350万円、事故当事会社1,850万円負担
間接費は、被災者の稼得能力損失等に伴う所属会社の損失が3,654万円」

交通事故の民事訴訟でも結構な損害賠償になりますが、それに負けませんよね。
元請け、1次、2次全ての会社が費用を負担します。おそらく2次下請けともなると、従業員も少数の中小企業でしょう。その会社が数千万の費用を支払うとなると、簡単ではありません。この支払のために会社をたたむ可能性だって十分あります。

数千万をポーンと支払えるかと言って、大丈夫と言える会社はどれほどあるでしょう。
このような具体的な数字を見て、その数字にリアリティを感じることは、身を引き締めてくれます。

そう考えると、小さな会社ほど安全管理を徹底し、損失コストを抑えるべきなのです。

もしかすると、この本が活用できるのはゼネコンなど大企業だけかもしれません。
しかし本当に重大な影響を受けるのは、作業当事者なのです。

損失コストを抑える活動は、会社の利益になります。
なぜなら、多大な損失コストを支払うことは、会社の致命傷になるからです。
会社を守る、作業者を守る活動は、利益活動ですよね。

作業者がいなければ、生産活動はできません。会社の使命が利益追求ですから、利益を生む人たちを守るのは当然でしょう。

損失コストを抑えることが、会社の利益になる。
逆説的な見方ですが、経営者の方ほどこの考え方を理解して、安全活動への理解につながれば嬉しく思います。 いや、もっと直接的な言い方をすると、理由はなんであれ、仕事の安全性が増せば、それに越したことはないと思うのです。

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