厚生労働省労働局長登録教習機関
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2015年のG7サミットが、ドイツで開催されました。
主要な議題は、中国とロシアに対する対応と温室効果ガスを2050年に40%~70%削減する目標を掲げるというものでした。
一方で、主要な議題ではありませんが、このような話もされたようです。
契機となったのは、2013年にバングラデシュで起こった、縫製工場で起きたビルの倒壊事故です。
この事故では、何と1127人もの作業者が、崩壊したガレキに巻き込まれ、亡くなりました。負傷者は、約2500人に及び、結果として、ビルの経営者など41人が逮捕される結果になりました。
事故の詳細については、wikiで。
ダッカ近郊ビル崩落事故
この工場は、ウォルマートの衣類を作っていました。
バングラデシュに限らず発展途上国では、安いコストを背景に、様々な製品の工場になっています。
コストの安さは、人件費の安さや作業環境を考慮しない生産方法にあります。
崩壊したビルは、写真で見るとさほど大きなものではありません。 レンガ造りで、しっかりとした支柱もなさそうです。
そもそも強度が不足している場所に、大量に人がいるのですから、崩れたことに何の不思議はないでしょう。
先進国としては、発展途上国に生産を委託している立場ですが、ただ委託するだけでなく、労働者の保護にも責任があるんじゃないかというのが、基金創設の狙いです。
労災と公害は、どの国も通る道 |
経済発展の途上では、労災、公害は避けて通れません。 日本も含め、全ての先進国が通ってきた道です。
日本では、明治近代化の富国強兵政策で勢いづいていた影では、「女工哀史」や「ああ、野麦峠」、また足尾銅山鉱毒事件などもありました。 戦後では、高度成長期と隣り合って、昭和50年までは、毎年死亡者が4~5000人という時期がありました。
全産業における死亡者数・死傷者数の推移(昭和28年~平成21年)
経済成長だけではダメだと、昭和47年に労働安全衛生法が公布・施行されました。
その後も法整備が進み、日本での労災事故による死者は、平成25年度で1030人、平成26年度で1057人と減少しています。 とはいえ、まだまだ少なくありませんが。
この経済発展に伴う労災増加、対策という流れは他の国でも同様です。
現在、経済が発展している国では、今まさに起こっていることといえます。
バングラデシュの縫製工場は、現代の「女工哀史」に重なるのではと思います。
中国も経済発展著しいですが、歯牙にもかけられない労災や公害が多々あります。
イギリスでは、18世紀の産業革命後は、ロンドンの環境は劣悪だったようです。 当然、労働者の安全や健康など、見向きもされません。
ディケンズの「オリバー・ツイスト」などを読んでみると、当時の貧困層がどれほどだったかはわかるかもしれません。
そんなイギリスですが、現在の労災事故は、いかほどになったのでしょうか?
すごいぞ!イギリスの労災対策 |
まずは、このデータを見てください。
建設業の労働死亡災害発生率(就労者10 万人当りの死亡者数)の国別比較
(出典:国土技術開発センター内レポート「英独の建設工事安全の施策と仕組み(中間報告)」岡野 哲)
少し古いデータですし、建設業にかぎったものですが、差は能くわかると思います。
イギリスがぶっちぎりで、少ないのです。
日本の4分の1、アメリカの5分の1、ドイツの3分の1です。
EU全体の中でも、群を抜いて少ないのが分かります。
EU の2006 年の全産業の国別10 万人率(就労者10 万人当りの死亡者数)
ちなみに、イギリスの昨年の労災による死亡者は、133人です。
もちろん、日本と人口は違いますし、条件も異なり通勤時の事故は含まない、自営業者は別ですので、一概に多い少ない比較はできません。
しかし、単純な人数だけで比較すると、約1000人の死亡者を出している日本に比べ、5分の1程度というのは少ないと言えます。
この労災事故減少の知恵を、途上国に教えろということですね。
どうしてイギリスの労災は少ないの? |
イギリスにも、日本の労働安全衛生法と同じようなものがあります。
1974年に労働安全衛生法が成立しました。ちなみに日本の労働安全衛生法は、この2年前に制定です。
この法律が制定するにあたって、委員会で討議され、最終的にローベンス報告というものが提出されました。 この報告書が、どうやら労災減少の鍵になっているようです。
ローベンス報告では、どんなことを言ったのか。 ものすごく簡単にまとめると、次の通りです。
1.安全衛生の法律が多すぎて、わけわからん。
2.行政機関が複雑で、多すぎ。
3.法律を次々作っても、いたちごっこだ。
要は、法を細かく制定すると、管理も大変で、とてもじゃないが全部見渡すのは現実的ではないということです。
日本の労働安全衛生法や関連規則等は、非常に多く細かいです。
関連則まで含めると、条文の数は1000前後です。
そして、毎年のように改定されます。
ガッチガチに規定するのが、日本の安全衛生行政です。
一方、イギリスの労働安全衛生法は、4章87条から成り立ちます。
非常に少ないことと言えるでしょう。 日
本であれば、足場の時はこうするなどの規定がありますが、少ない条文ではカバーしきれません。
では、どうしているのか。
自主性に任せているのです。
事業者、元請業者など、それぞれがしっかり対策を検討し、実施しなさいということに重きを置いているのです。
法整備を充実化するのとは、真逆の考え方といえるでしょう。
義務と自主性。 この違いが、労働災害の差であるようです。
じゃあ、日本でも自主的な対策にすればいいんじゃないかと思いますが、簡単ではありません。
国民性もありますしね。
イギリスは、保守党と労働党の2大政党制で、労働者に立つ政党があります。
また、何よりも13世紀の段階で、国王にマグナ・カルタを突きつけた歴史があります。
国民自身が自立することに、抵抗がないからできるのでしょう。
安全の自主性って? |
イギリスが労災防止について、自主性を発揮し、効果をあげていますが、具体的にはどんなことをしているのでしょうか?
それは、ずばりリスクアセスメントです。
リスクアセスメントについては、最近日本でもよく耳にするようになりましたね。
リスクアセスメントはとても簡単に説明すると、事業場のリスクを拾い出し、評価、そして危険度が大きいリスクから対応するというものです。
事故が起こる前に、リスクを見つけて、対処しておくというのがポイントです。
平成16年の法改正で、安衛法第28条の2で、リスクアセスメントが努力義務となりました。 そして、平成28年6月より、化学物質等の有害物質を扱う場合、リスクアセスメントが義務化されます。
工場などでは、リスクアセスメントを積極的に行い、設備や作業方法などの改善をされている事例も目にします。
とはいえ、リスクアセスメントはまだまだ課題が多いでしょう。
何よりもやり方が、いまいち分からないというのが実状のようです。
KYにリスクアセスメントを混ぜて、RA-KYなんてのもありますが、負担を増やすだけになっているのが実状です。
法で規制を増やした所で、作業場の問題は千差万別。
ある程度のパターンはあるとしても、最終的には特有の問題があり、解決していかなければなりません。
ソフトウェアの開発では、ヒアリングの際に、よく「うちの会社のやり方は特殊だから」というのを耳にするそうです。 法律は一般化されたものなので、「特殊な事情」は自分たちで、解決することが求められます。
イギリスの自主的な安全対策を後押しする政策で、一定の効果があるので、うまく活用できれば、労災減少に役立つのでしょう。
とはいうものの、徐々に浸透させていくしかありません。
リスクアセスメントを見たり、実際に行ったりして思うことが1つあります。
心構えとして、重要な事は「信じない」ということではないでしょうか。
とてもネガティブな言い回しですが、「きっと大丈夫」、「こんなことはしないだろう」という気持ちは、リスクから目を遠ざけます。
絶対バカをやらかすと、「信じない」気持ちで望むと、少しの危険も見えるのではと思います。
先のソフトウェアの例で言うと、デバッグする気持ちで臨むのがいいのではと、近頃思います。
こんな話は、リスクアセスメントとともに、いつかどこかで。
途上国の労働環境改善のための基金は、資金だけでなく、知恵と技術も伝達されるのを期待したいですね。
日本も安衛法の1条1条には、血が流れています。 経験を伝承することで、同じ轍を踏まさないことも、先進国には求められるのでしょう。