○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

新人、コンクリートの破片に負ける

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

引退したもののまた現場に復帰したエスパニョール鼠川に飲みに誘われた猫井川。
飲みに行ったのは、鼠井の奥さんの実家のスペイン料理店です。

2人はいい感じに酒が回ってきたようです。

「このアヒージョが旨いんだよ。
 猫井川食え!」

「はい。でももうちょっと冷めてから。」

「何だお前は。猫舌か!?
 名前が猫だからといって、舌まで猫でどうするんだ!
 熱いのが旨いんだ!くえー!」

「いや、無茶言わないでくださいよ。」

そんなやり取りをしていました。

「わしらの仕事も、最近は若いもんが減ってきてるから寂しいもんだ。
 昔はたくさん働いていたのにな。」

「そうですね。うちの会社も平均年齢が高めですもんね。」

「年寄りばっかりだ。時代の流れかもしれんが、これから先を考えてしまうな。
 なぜ、この業界に入ってこないんだ?」

「まあ、『きつい、きたない、きけん』の3Kとか言われる業界ですしね。
 人気はないですね。

 あと、会社もあんまり募集してないんじゃないですか?」

「社会の流れが変わって、会社も余裕はなくなってきているのかもな。
 わしが知ってるだけでも、いくつもの会社が辞めてしまったからな。

 3Kか。確かにそんな面もあるんだが、昔に比べたら遥かに事故はなくなってきたと思うんだがな。」

「おれも就活の時には、建設はあんまりいいイメージがなかったというか。
 それ以前に特に何も考えてなかったですけどね。

 入ってみたら、きついのはきついですけど、やりがいはありますけどね。」

「お前みたいに考えてくれる若者が増えるといいんだがな。
 お前より前にも若いものは入ってきたことはあったが、すぐ辞めるのも多かったよ。

 こんなきつくて、危険な仕事はやってられませんとか言ってな。」

「確かに危険な面はありますけどね。」

「そうだぞ、猫井川。
 わしも長いこと、この仕事をしているが、事故で死んだものもいた。」

「そうなんですか。」

「ああ。またその話はしてやるが、目の当たりにするとかなりきついな。」

「そうですか。おれが入ってからは、まだそういうことは一度もありません。」

「ああ、幸いなという感じだな。
 いつ事故になるかはわからん。

 まあ、事故にならなくても、ちょっとしたことで、嫌だーといって辞めたものもいたよ。」

「へー、そうなんですか。どんなです?」

「これは、もう10年以上前の話だが・・・」

・・・・・

その日の鼠川は、新人を連れて、脱型作業を行う予定でした。

脱型とは、コンクリートが固まった後に、型枠を外す作業のことです。

型枠の形が崩れないよう支えているつっかえ棒を外し、ハンマーで内側から外側に向かって叩き、釘を外していきます。

「おい、新人。この辺りの型枠を外していけ。
 いいか、型枠の部分を叩くんだぞ。コンクリートの部分を叩くなよ。」

鼠井は、入って1週間目の新人に指示を出します。

「は、はい~。でもどんな風に叩くんですか?」

「ん、分からんか。
 手本を見せるから、よく見とけ。

 こうやるんだ!」

ガンガンと力強く型枠を叩くと、型枠同士の接続している釘は抜け、見る見るうちにコンパネがコンクリートから剥がれていきます。

「わかったか?
 この辺りをばらしてくれ。しっかりやれよ。」

そう言うと、鼠井は別の場所の型枠外しに向かいました。

「ちょっと見せたくらいで、分かるわけないのに。
 そもそもトンカチもどれを使っていいのか分からないし。」

新人は、ブツブツ言いながらも、作業にとりかかりました。

「ここを叩けばいいんだな。」

ハンマーを掴むと、先ほど鼠井がやっていたように型枠を叩き始めました。

コンコン。

鼠井が叩く音とは全く違います。
力強さが違います。

型枠は全然外れません。

「あれ、おかしいな。
 鼠井さんは簡単そうにやってたのに。」

今度は、ハンマーを両手で持ってゴルフスイングのように叩きました。

ゴン!

さっきよりも力強い感じがしました。

「なるほど、こんな感じか。」

少し手応えを感じた新人は、同じ要領で、ぶんぶんハンマーを振り回します。

「えい!えい!」

一心不乱に繰り返しますが、気合とは裏腹に型枠はなかなか外れません。

「くそっ!外れろ!外れろ!」

思い通りにならない苛立ちからか、だんだん雑に叩きます。

少しずつ外れかけた時でした。

「おい!何やってんだ!」

不意に鼠井が声をかけました。

「ひぃっ!」

驚いた新人は、手元が狂いコンクリートの角を叩きつけます。

叩かれたコンクリートは割れ、直径1センチほどの破片が飛びました。

飛んで行った先には、新人の顔。

カンと乾いた音がして、コンクリートの破片は地面に落ちます。

間一髪、ヘルメットに当たったようでした。

しかし、新人はこのことで腰を抜かしてしまいました。

「危なかった、もうちょっとで目に当たってた。。。」

自分に向かってくるコンクリートの破片にビックリしきったようでした。

「そんな叩き方をしてたら、コンクリートの叩いてしまうだろ。」

鼠井が呆れ半分に言います。
すると、新人は、

「急に話しかけるからですよ!うまい具合に仕事してたのに!」

と、言い返してきました。

「なんだとー。へなちょこな叩き方をして、せっかくできたコンクリートを壊しやがって。」

「そんなものは、後でくっつけたらいいじゃないですか!」

「ばかやろー!そういう問題じゃないだろ!
そんな考えで、いい仕事ができるか!」

鼠井は大きな雷を落としたのでした。

「・・・ということがあったよ。」

話を終えると、鼠井はグラスを開けます。

「その後、その人はどうなったんですか?」

猫井川は、新人のことについて聞きました。

「ん、次の日から来なくなった。
 こんな仕事はもうやりたくないってさ。」

「そうですか。もう少し続けていれば、力もつくのに。」

「そうだな。でも、そんなふうに思えるものも少なくなってきたのかもな。
 お前なら、どうしてわしが怒ったかも分かるだろう。」

「まあ、今なら分かります。
 雑に見えて、丁寧にやらなきゃいけないこともありますからね。」

「うむ。全くだ。
 コンクリ片が顔に飛んでくるのが怖いけども、そんな仕事をしてはいけないんだよな。

 猫井川は、少しは分かってきてるようだな。」

「いや、まだまだですよ。」

「それは分かってる。
 だからビシビシ鍛えてやるからな。」

「そ、そうですか・・・」

2人のグラスが空になり、テーブルに並んだ皿の上の料理もきれいになくなりました。

「では、今日はこれでお開きにするか。」

「はい。」

「今日は、わしがおごっておいてやる。
 また、この店に来てくれや。」

「あ、ありがとうございます。ごちそうさまです。」

猫井川は、鼠井にお礼を言い、席を立ちました。

「また来てくださいね。」

店を出る時、鼠井の奥さんに声をかけられたので、会釈を返しました。

「いいな~。」

そうつぶやき、猫井川は帰路につくのでした。

しばらく続いた鼠井と猫井川の飲みながらの話しはこれで完了です。

鼠井と猫井川の過去の話が聞けました。

建設業の若者離れどころか、人手不足は深刻な問題となっています。

構造改革等の社会の流れにより、建設業者は淘汰され、リストラされていきました。
今は、東北を中止に、仕事はあるのに人材が確保できないという事が起きています。

とはいえ、人手不足はただ作業者が不足しているだけでなく、技術者が不足していることもあるので、一概に人が少ないだけではないとは言えるのですが。

また業界の高齢化も進んでいます。
若者の就業を促すのも、今後の課題でしょう。

それは、さておき、建設業のイメージとしては、3Kというのは依然としてあります。

肉体的にきついのはありますが、これはしばらく続けると慣れてきます。
車も最初は恐恐乗り、精神的に疲労しますが、しばらくすると無意識レベルまでなりますね。
これと同じです。

汚れるのは仕方ありませんね。どうしても土やコンクリート、様々な建材などを扱うので、汚れてしまいます。
これも最初のうちは抵抗がありますが、しばらくすると当たり前になり、慣れていきます。

そして危険。
年々、死傷者や死亡者数は減ってきていますが、まだまだ事故は多いです。
しかし、様々な安全対策や安全性の高い機械を使用することで、事故を減らす努力はされています。

おそらく一般的にイメージされているよりも、遥かに徹底的に安全対策がされています。

今回のヒヤリハットは、ハンマーでコンクリートを叩いてしまったところ、コンクリート片が飛んできたというものですね。

確かに飛ぶ角度が少し違えば顔に当たったり、目に当たったかもしれません。
ニアミスですが、とても危険な事故になりうるものでした。

では、原因はというと、適切ではない作業方法です。
いわば、ヒューマンエラーですね。

どんな機械などが安全になったり、安全な作業方法をとっても、ヒューマンエラーが事故を招くことは、少なくないのです。

ヒューマンエラーについては、またどこかでまとめたいと思うので、詳しくは述べませんが、今回のケースでは、技術の未熟さが背景にありました。

力がなく、力任せに仕事をしていたところ、起こったニアミスですね。

でも最初は仕方がないでしょう。
誰もが初心者で、未熟です。
技術やコツを身につけるのは、教えられて、実践することです。

残念ながら、新人は、これを機に諦めてしまったようでした。

さて、今回のヒヤリハットをまとめてみます。

ヒヤリハット ハンマーでコンクリートを叩いてしまったところ、コンクリート片が飛んできた。
対策 1.狙いがブレるようなハンマーの叩き方はしない。
2.破片が飛んでくることに備え、ゴーグルなどを着用する。

物事には、人それぞれの感じ方があるでしょうが、危険のニアミスは恐ろしいものと同時に、反省と次への対策にもまります。

怪我や大きな事故を防ぐためには、なぜ事故に至るのかを知ることも大切です。
ヒヤリハットは、とても肝を冷やすものも多いですが、同時に、事故防止の意識高揚にも役立つものなのです。

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