○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

保楠田、色んな物に板ばさまれる

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こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

index_arrow 第41話「保楠田、色んな物に板ばさまれる」

鼠川は夫妻の馴れ初めの話と、なぜエスパニョール鼠川と名乗るようになったのかを、一気に語りました。

酒の勢いは恐ろしいもののようで、同じ席にいる猫井川や保楠田の口をはさませない勢いでした。

話も一旦終わり、しばしの沈黙が流れました。

「そんな話があったんですね。  なんというか、ドラマみたいですね。」

ぼそっと保楠田がこぼします。

「ああ、何があるか分からん。」

グラスに残ったワインをぐいっと飲みながら、鼠川が言いました。

「お前らは2人とも独身だったな?」

保楠田と猫井川は、「はい」と答えました。

「猫井川はまだ若いが、保楠田も予定なしか?」

鼠川が聞きました。

「はっはっは、女の人にそれを言ったセクハラらしいですよ。
 俺は、5年前に離婚してから、何にもなしです。」

保楠田は、明るく答えました。

「そうだったな。すまんことを聞いたな。
 でも、5年経つから、新しい人がいればいいな。」

「どうでしょう。うちは母親がいますからね。
 どうしても結婚したいとかは思わないですよ。」

保楠田もグラスを傾けながら、いいました。

「そうか。お袋さんが一緒か。
 ところで、猫井川。お前は何か浮いた話はないのか?」

急に話を振られ、猫井川はむせ返りました。

「い、いや、全然ですよ。彼女でもいればいいんですけど。」

むせ返りながらも、猫井川は答えました。

「だからな、きっかけなんてのは、どこにあるか分からん訳だ。
 お前も積極的にいかなきゃならんぞ。

 その点、わしの場合のきっかけはだな・・・」

鼠川の話がループしそうな予感がした2人は、早々に話を切り上げさせ、その日の飲み会は解散となりました。

「おう、2人とも気をつけて帰れよ!」

鼠川夫妻に見送られながら、猫井川と保楠田が帰りの途についたのでした。

「それじゃ、猫ちゃん、お疲れさま。
 また明日ね。」

駅に着くと、保楠田が反対のホームに向かいます。

「お疲れ様でしたー。」

猫井川も別れの挨拶をし、プラットホームに向かったのでした。

20分ほどの電車の旅。 その後は、10分ほどの歩き。

それが保楠田コンの通勤路でした。

保楠田は、鼠川と飲みに行ったことを少し後悔していました。

普段飲み行くことはありません。 会社の忘年会くらいです。

今日は、鼠川と猫井川が一緒に飲みに行くと聞き、先日2人が行ったというスペイン料理屋に興味を持ったので、参加したのでした。 鼠川のような老人に近いとも言える人が、若い外国の娘と結婚したのか、興味もありました。

しかし、話を聞いていると、そのドラマチックな出来事に羨ましさと、自分の身の寂しさを感じたのでした。

「ただいま。遅くなってごめん。」

保楠田が家に帰ると、暗い部屋に電気をつけました。

「どうして電気をつけてなかったの?」

2部屋あるマンションの一室。 奥の部屋を覗くと、母親がベッドの上で眠っていました。

「ああ、寝てたのか。」

保楠田が声をかけると、母はもぞもぞと動き、目を覚ました。

「おかえりなさい。今日は遅かったわね。」

母はしっかりした口調で、コンを出迎えます。

「遅くなってごめんね。今日は職場の人と久々に飲んだよ。
 母さんは、なにか食べた?
 ヘルパーさんには、少し遅くなると連絡したんだけど。」

コンは、そう言うとテーブルの上を見ました。

「母さん、ちゃんと食べないと。温めようか?」

「ううん。お腹は空いてないから、大丈夫よ。」

「少しは口に入れたほうがいいよ。スープだけでも飲む?」

「そうね。スープはもらうわ。」

そういうと、コンは電子レンジでスープを温めました。
その間、母親がベッドから起き上がれるようにして、準備も整えました。

「ゆっくり食べてね。」

母親にスープをあずけ、少しずつ飲んでもらいます。

「食べ終わったら、置いておいて。
 洗うから。  おれは、風呂に入ってくるよ。」

そういうと、保楠田は作業服を洗濯機に入れ、風呂に向かいました。

保楠田の母は、寝たきりではありませせんが、介護が必要です。
昼間はヘルパーさんに見てもらうようにしてますが、それ以外は全て保楠田が行っていました。
完全介護ではなく、トイレなどは連れて行くくらいです。
しかし、病院などを除き、1日の大半をベッドの上で過ごす母親は、年々弱っていっているのも感じます。

保楠田コンは、この生活に慣れていますし、母親の面倒を見ることに苦を感じていません。

ただ、今日聞いた話は、寂しさを痛感させるのに十分でした。

(おれは、ずっとこのまま独り身なのか。)

5年前、母が倒れた時に、離婚しました。 妻が同居を拒否したからです。

介護施設なども考えしたが、保楠田は自分で介護することを選んだのでした。
それ以来、仕事以外の時間は全て母親の世話に費やしているのでした。

(この生活じゃ、出会いなんて無理だしな。)

建設現場も女性が増えてきたといっても、それは他の会社の話。
保楠田の周りでは、縁のない話です。

仕事で話をするのは、男ばかり。 休みの日は、1日世話と家事に明け暮れます。
保楠田の毎日は現場で仕事し、猫井川と戯れ、そして母親の世話なのでした。

母1人、子1人。 離婚した時、母親は謝罪しました。
しかし、保楠田は母親に謝罪してもらう必要などないと言いました。

今も、母親には「いい人がいたら、そちらを優先して」と言われます。
そう言われても保楠田は、今の生活を変えるつもりはありません。

しかし、完全に割り切れない感情もあります。

シャワーを浴びながら、おれとは一体と考えてしまします。
その寂しさから来る声にならない嗚咽はシャワーの音にかき消され、流れない涙代わりにお湯が顔全体を流れていくのでした。

しばしその状態で過ごすと、保楠田は母親に心配かけないように頭を切り替えます。

(保楠田コン、46歳。おれはこの生活に不満はない!)

心の中でそう叫ぶと、シャワーを止め、浴室のドアを開け、日常に戻るのでした。

翌日、保楠田は二日酔いもなく起き、いつものように母親の世話をして、出勤しました。

「おはようございます。  鼠川さん、昨日はありがとうございました。」

朝、事務所に着くと、早くも席に付いている猫井川に声をかけました。

「おう、こちらこそ。二日酔いは大丈夫か?」

鼠川も答えます。

「大丈夫ですよ。そんなに飲んでないですからね。  鼠川さんは大丈夫ですか?」

「ワシはちょっと頭痛がする。  まあ、しばらくしたら治る。」

そう言って笑っていました。

「おはようございます。」

しばらくすると猫井川も事務所に来ました。

こっちは、少し青い顔をしています。

「猫ちゃん、二日酔い?」

保楠田は、隣の席に座った猫井川に聞きました。

「ええ、ちょっと。飲みなれないものを、飲み過ぎました。」

「仕事までに水でも飲んで、治しといてね。」

「はい。。。」

弱々しく返事をすると、猫井川は自販機に歩いていきました。

「大丈夫かな。。。」

保楠田が、その背中につぶやきを1つこぼしました。

今日の現場は、保楠田、猫井川が一緒です。

現場では、コンクリート打ちのための型枠の組立を行なうことになりました。

早速仕事に取り掛かる2人。

トラックからコンパネを下ろすと、近くの塀に立て掛けていきました。

数枚のコンパネを重ねた時です。

突風が現場を吹き抜けていきました。

ビュオウ~

にわかに風の音が聞こえたと思うと、立て掛けていたコンパネがぐらりと傾いたのでした。

バタンと倒れかけた先には、保楠田と猫井川。

2人はとっさに両手を掲げ、倒れてくるコンパネを支えたのでした。

間一髪支えるのが早く、激突することは避けられました。

昨日、鼠川の話では出会いは降ってくるというものでした。
その翌日に、物が上から落ちてくることがあるなんて。

その時、2人の後ろから声がかかりました。

「大丈夫~?」

これは、新たな出会いか!?
鼠川の話に感化された2人は、勢い込んで、振り返りました。

「ええ、大丈夫です!」

声を揃えて答えた先には、ラータのような女性・・・

ではなく、兎耳長ぴょんでした。

「あんたかーい!!」

2人とも心のなかで、突っ込みをいれたのでした。

保楠田コン。 今日の彼は仕事と家庭、介護、だけでなく、コンパネにも板挟みになっているのでした。

今回は、ちょっとしんみり保楠田の話です。

いつもひょうひょうとして、猫井川とおちゃらけている彼も、何かと抱えているのです。 実際、男性女性関わらず、保楠田のような状況の人もいるのではいでしょうか。
今後は、超高齢化社会になるのですから、珍しくないことかもしれません。

しかし、ちゃんと最後に落ちをつけてくれるのが、保楠田と猫井川のいいところではないでしょうか。
物が落ちてきて、出会ったのは、兎耳長ぴょんでした。 彼は名前は可愛いですが、謎多き年寄りです。

index_arrow ヒヤリ・ハットの補足と解説

さて、今回のヒヤリ・ハットは、落下ではなく、倒壊ですね。
落下は上から落ちてくるもの、倒壊は自立しているものが崩れるものです。

2人に出会いが訪れなかったのは、落ちてきたものではなく、倒れかけてきたものだったからかもしれません。

コンパネの板に限らず、脚立など平置きにせず、壁や塀に立て掛けるというのは、そう珍しくないことです。
誰しもやったことがあるでしょうし、どこでも行われるものです。

立っているものは、倒れてしまう。 これも自然なことです。

しっかり安定してれば、倒れることは少ないものの、今回の話のように突風が吹いたりすると動きます。

その時、付近に人がいると下敷きになります。

数枚のコンパネ程度であれば、支えられるでしょう。
しかし頭にぶつかってしまうと、かなりのダメージになります。

また、もっと重量のあるものだと、命取りになりかねません。

立て掛けたものが、風に煽られ倒れるのは、よくあることですが、少し気をつけるだけで、ヒヤリ・ハットの芽をつむことも出来ます。

ヒヤリハット 立て掛けていたコンパネが倒れてきた。
対策 1.板などは壁や塀に立て掛けず、平置きする。
2.立て掛けれる場合は、固定などで、倒壊防止する。

板が倒れる程度は、大したことがないと感じるかもしれません。
しかし、不意を突かれると、大怪我に成るのも確かのなのです。

地面が濡れていて、平置きできず、立て掛けざるを得ない場合もあるでしょう。

その場合は、きちんと固定するなどして、倒れないようにしましょう。
ちょっとした固定や倒れない工夫をするだけで、側を通る人の安心になります。

ほんのちょっとした工夫が事故の芽を摘むのです。

鼠川に感化された保楠田は、今後何かしらの変化はあるのでしょうか。

さて、次は猫井川に出会いが???

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