○ショートストーリー”猫井川ニャンのHH白書”

兎耳長に吊り荷がせまる。その時!

entry-68

こんなヒヤリハットがありましたので、対策とともにご紹介したいと思います。

(株)HHCの犬尾沢ガウが率いる作業チームの今日の仕事は、河川で仮設工事です。
河川の堤防作りが本工事ですが、作業する間は、作業現場に水が来ないようにしなければなりません。
そのために1袋が約1トンもの土を詰めて作る、大型土のうを川に配置していくのです。

大型土のうは全部で50袋ほど作る予定です。
詰める用の土は現場から流用しますが、足りない分は他の場所から持ち込んで作ることになりました。

作業は犬尾沢のチーム、兎耳長ピョン保楠田コン猫井川ニャンで行います。

犬尾沢は、作業に先立って、全員に段取りを説明します。

「俺と保楠田さんで土のう作りを行います。
 保楠田さんはショベルカーで、土のう作っていってください。
 とりあえず、ここにある土で作っていってください。
 昼くらいには、他の現場から土が入ってくる予定ですので、届いたらそれを使ってください。
 
 兎耳長さんと猫井川は、川で置く位置を指示して下さい。
 猫井川はちゃんとクレーンの合図を行うようにな。」

今回、土のうの移動には、25トン吊りのクレーン車を準備しています。
犬尾沢たちは、移動式クレーン運転士免許は持っていないので、クレーン業者に依頼していたのでした。
猫井川は、今回はクレーンの合図者としての仕事を行うことになったのです。

クレーンオペレーターとも打ち合わせを行い、作業開始です。

グオングオンと音を立てながら、保楠田が運転するショベルカーが土を掻き上げます。
犬尾沢は、ショベルカーが土を入れやすいように、土のうの口を開き、土が詰まったら口を閉めて、クレーンで吊れるようにしていきました。

その間、兎耳長と猫井川は河川内に降り、土のうを置く場所の確認を行いました。

「兎耳長さん、この当たりから順番に置いていけばいいんですか?」

猫井川の問いかけに、兎耳長は無反応です。

「兎耳長さん?」

ちょっと大声で、声をかけると、ようやく反応がありました。

「どうも、最近耳が遠くてねー
 重機がゴンゴンと音を出してると、聞き取りづらくて。」

兎耳長は、ちょっと間延びした感じで返事をします。

「この当たりから置いていけばいいですか?」

猫井川は、ショベルカーの音に負けないくらい大きな声で聞きました。

「うん、それでいいと思うよ」

今度は兎耳長に、届きました。

「じゃあ、最初の土のうから呼び込みますよ!」

兎耳長がうなづくのを確認して、猫井川はクレーンオペレーターに土のうを吊上げるように、合図しました。

「オーライ!オーライ!
 そのままスライ(下げ)!
 オッケー!」

猫井川は無線でオペレーターに合図し、最初の土のうを配置しました。
土のうをクレーンのフックから取り外し、次の土のうを持ってくるよう指示をしました。

「兎耳長さん!次はどっちに置きましょう?」

大きな声で、兎耳長に確認を取りながら、土のう設置は進んでいきました。

・・・

また1つ土のうが置かれ、1段目の設置が終わりました。
これから2段目に移っていきます。
配置した土のう袋には、兎耳長がスプレーで番号を書いていっています。

「次の土のうを運びます。」

少し疲れ気味の声で、猫井川は合図します。

「兎耳長さん。次はまた1番の上に、土のうを置くので、そっちは危ないですよ。」

猫井川は、兎耳長に声をかけましたが、目はクレーンと土のうに向いていました。

「そのまま、スライ!スライ!
 右に旋回して」

土のうを見つめたまま合図し、誘導していきます。

「そのまま右ー!」

そう指示して、猫井川が設置場所に目を向けた時、兎耳長が吊り荷の先で立っているのが見えました。
しかも背中を向けています。

このままでは当たってしまう!

兎耳長さん、危ない!当たる!どいて!

大声で猫井川が叫びました。
その声で兎耳長は振り返りました。

間に合わない!ぶつかる!
猫井川がそう思った瞬間、信じられないことが起こりました。

吊り荷がぶつかりそうになった瞬間、兎耳長は普段からは考えられないようなスピードで、荷物をかわしたのです。
まるでパンチをかわすボクサーを思わせるような、俊敏な動きでした。
そう、まるで移動した時に、シュビンと風を切る効果音が聞こえそうな動きとも言えます。

何の障害物もなかったように移動する土のう。
土のうが通過した後に残ったものは、二本の足で立つ兎耳長の姿でした。

「兎耳長さん、大丈夫ですか?
 危ないって言ったのに、何であんな場所に立ってるんですか?
 てか、今の何ですか?」

信じられないものを見た猫井川は、兎耳長に立て続けに質問します。

「いや~、昔ボクシングやっててね。」

兎耳長はいつものように、間の伸びた答えを返しました。

「そうなんですか。
 いや、そういうことではなくてですね・・・」

猫井川の肝を冷やしたやら、驚いたやらの感情は、一気に冷静になりました。

「ボクシングやってたんですね。
 とりあえず、吊り荷の先には立たないでくださいね。」

普段のゆっくりとした言動からは想像できないボクサー兎耳長。
少々の頭の混乱を抱えながら、猫井川は残りの土のう積み作業を続けていきました。

今回は、兎耳長さんのヒヤリハットということで、紹介しました。
本人のヒヤリよりも、一緒にいた猫井川がヒヤリとしたような気もしますが。

クレーンを扱っている時に起こりうる事故には、いくつかパターンがあります。
能力以上の重量を吊ろうとして、クレーンが転倒してしまう事故。
吊り上げたものが引っかかたり、ワイヤーが切れて、荷物が落下する事故。
そして、今回のヒヤリハットで紹介したような事故、つまり吊り荷に激突される事故です。

クレーン作業は、重量物を吊上げ、任意の場所に移動させます。
その作業には、クレーンを作業するクレーンオペレーターの他にも、荷物にワイヤーを掛ける玉掛け、合図誘導する人、設置場所で荷物が振れないように支える人などが当たります。

どんな重量物であっても、空中にある間はその重さを感じさせません。
実際、1トンもの重量物が、吊られていると、少しの力で押すと動くのです。
摩擦がないから当然なのですけども。

また空中での移動速度は非常にゆっくりです。
その速度は人が歩くよりも遅いくらいなのがほとんどでしょう。
速度が遅いと、どんな重いものでも、手で止めらるのではないかと錯覚を覚えてしまいます。
当然ですが、質量が大きいので、ゆっくりなスピードであっても、人を吹っ飛ばすエネルギーはあるので、注意しなくてはいけません。

つまり、クレーン作業で吊り荷に激突されると、かなりのダメージを受けてしまうということです。

このような接触、激突事故は吊り荷の導線上にいる、なた荷物見ていないことにより、起こります。
その他では、周りの誘導ミスというのも大きな要因になります。
また、吊り荷が頭の上を通過して、頭にぶつかりそうになるというケースも少なくありません。

ぶつかれば、大きな事故になります。
クレーンに吊られているだけの荷物は、「おっと危ない、避けなきゃ」とは、決して思ってはくれないのです。

兎耳長のように、華麗にかわすなんてのは、通常あり得ないことなのです。

兎耳長は、ちょっと耳が遠くて、指示が聞こえていなかったから、ぶつかりそうになったようです。
きちんと危険箇所に人がいないことを確認するのは、大切なことですね。

さて、今回のヒヤリハットをまとめたいと思います。

ヒヤリハット 移動式クレーンで吊り荷を移動させていたら、ぶつかりそうになった。
対策 1.吊り荷が移動する導線上や危険箇所の立入りを禁止する。
2.合図者は、周囲の状況と吊り荷の両方を見て、誘導する。
3.合図者以外も、吊り荷から目を離さない。

吊り荷作業での激突事故を避けるためには、危険箇所への立入禁止が最も大事です。
危険な場所には、近づかせない。
そのためには、作業範囲や人員配置の計画をしっかり立てなければなりません。

合図を行う人以外の作業員も、ぼーっとしていてはいけません。
事故を起こすと困るのは自分なのですから、荷物が吊上げられている間は、目を離さずに注目していましょう。

兎耳長さんが、昔ボクサーだったということは、どうやら猫井川に限らず、みんな知らなかったようです。
迫り来る荷物は、ボクサーならかわせるというものではありません。
そもそも、迫り来る場所にいること自体が、ダメなのです。

危ないなと思ったら、事前に危険の芽をつむこと。
これが現場でできる安全管理ですね。

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