コラム
	厚生労働省労働局長登録教習機関
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日本は言霊という思想があります。
言霊とは「言葉に魂が宿る」と信じられていることです。
 良い言葉を言えば良いことが起こり、逆に悪い言葉を言えば悪いことが起こるというものです。
 もちろん、因果関係はありません。
強いて言うなら、言葉に意識が引きづられるということでしょうか。
 しっかりと目的を語れば、目的に突き進む原動力になります。
 自分なんてダメだという言葉を発すれば、どんどん気力を失い、本当にダメになってくるというものです。
 受験生がいる家庭では、「すべる」、「おちる」、「ころぶ」などの言葉を控えたりしますね。
 まさにこれが言霊です。
日本のこの言霊思想は、とても美しいものだと思いますが、残念ながら良い方向だけに働くわけでもなさそうです。
ことにリスク管理ということに及ぶと、言霊思想が邪魔してるんじゃないかとさえ思えるのです。
実際に悪いこと、事故が起こった時のことを考えると、あたかも実際に起こる気がするのか、事故時の対応についてまで考えが及んでいないということあります。
実際起こり得る事故の状況、特に最悪の状況を想定して準備することは、リスク管理でも重要な事です。
事故が起こらないようには、対策をあれこれ検討をするのですが、起こったらどうするかまでは検討できていないのです。
 本当にそうかと思うかもしれません。
 では、福島第一原発事故を例に考えてみれば、理解を助けるのではないでしょうか。
 事故のきっかけとなった東日本大震災は、予想をはるかに超えた揺れと津波をもたらしました。
 誰一人、あんなことになるとは想像だにしていなかったでしょう。
それにより福島第一原発は停電し、あれよあれよという間に、取り返しの付かない事態となってしまったのは、記憶に新しいと思います。
 東京電力をはじめとする電力会社は、原発事故など起きないと主張していました。
 確かに、事故に至らないようにとした、対策はしっかりされていたと思います。
しかし、事故が起こった時、例えばメルトダウンが起こった時にどうするかは、全く検討されていなかったということは明白です。
 なぜ、津波の来る場所に施設を建てたのか、津波対策が十分でなかったのかを、責めるのは意味がありません。
 賠償など責任を取る必要はありますが、重要なのは今後どうするかです。
それらを踏まえて原子力規制委員会は、規制をしているでしょうから、次に活かすしかありません。
問題だったのは、事故は起こらないようにしているから、起こった時のことなど検討していないということではないでしょうか。
 事故が起こった時のことを考えると、事故を肯定しているように思う。
 そんな心理もあったのではと、思います。
 実は、事故や事件が起こった時のことを考えたくないというのは、多いのではと思います。
 悪い時のことを考えると、悪いことを引き寄せる、肯定する。
 なるべく悪い時のことは考えない。
そんなことはありませんか?
 身近な例で言うと、歳を重ね介護が必要になった時のことを考えるのは抵抗がありませんか?
 まだ若いからそんなことは必要ないと思う方も少なくないのでは。
もしまだ元気な親に介護のことを話そうものなら、反ぱつがあったりするのではないでしょうか。
 介護を受けることを考えることは、肯定することです。
 同時のそれは、考えたくない現実を受け入れることにもなるのです。
 それに抵抗を感じるのではないでしょうか。
規模の大小はありますが、原発事故が起こった時にどうしよう、介護が必要になった時にはどうしようというのは、同じことではないでしょうか。
 阪神大震災、東日本大震災などの大地震を経て、今後起こり得る南海大地震に備えて、検討されています。
 こういったことは、事故が起こってからのことになるのです。
最近は、失敗学というものも流行ってきているようです。
失敗を学ぶ、失敗したときにどうするかと考えるというものです。
人は大なり小なり、失敗します。
 受験や資格試験では、合格する人もいれば、不合格になる人もいます。
 当然ですが、不合格になった場合のことなど考えませんよね。
 もしプロポーズして、断られたときには、どうするか。
 そんなことも考えないはず。
失敗を想定するということは、落ちるかもしれないという現実に向き合うことです。
 正直、とても勇気のいることです。
 だって、そんなことを考えたら、気が滅入りますもの。
 なるべくならいいことを考えたい。
 いい言葉を使って、良いことを引き寄せたい。
 そう思うのが人情です。
 特に言霊は、言葉が実現すると信じられているのですから、否定的な言葉、失敗の時のことは、避けてしまいたいものでしょう。
 しかし、その言霊思想が、実際に事故が起こった時の被害を拡大するのです。
 なぜなら、そんなことに向き合って来なかったから。
 想定すらしていないことは、対応もできません。
 1つずつ考えて対処し、その効果を検討する。
 事故対応なので、冷静さは失われているでしょうし、時間もかかります。
時間は、軽傷であったものも、致命傷にしていきます。
事故後の対応を持っておくことは、救助を迅速にし、被害を最小限にできます。
しかし検討には勇気が必要です。
 もし機械に、作業者がはさまれた時はどうするか?
 もしショベルカーが転倒し、人が下敷きになった時にどうするか?
 もし有機溶剤に引火した時にはどうするか?
 想定される事態は多種多様です。
 中には、人が死んだ時の対応を考える必要もあります。
 気の重い、勇気を必要とする議題です。
 ところが、この検討が実際の現場で、初動を迅速にします。
 孫氏の兵法に「兵は拙速を尊ぶ」というものがあります。
 完璧な事故対応などありませんが、何を行うかを把握しておくことは、大事なことでしょう。
 言霊思想は、悪い言葉、悪い状況を想定すれば、それを肯定し、起こってしまうと考えさせます。
 これは文化なので、それに慣れ親しんだ私たちは、そう思ってしまうものなのです。
 しかし、想定しようがしまいが、起こってしまうのは事故です。
 否定しようのない現実です。
 事故が起こるということは、受け入れる。
 じゃあ、起こった時にどうしようかと考えるのは、文化の超越です。
命を守るためには、時として超文化的措置も必要です。
 残念ながら、どんなに対策しても事故は起こります。
 ゼロにはなりません。
 今日同僚の誰かが死ぬかもしれません。
 それは分かりません。
 その時どうするか。
 救助方法は?
 連絡先は?
 避難先は?
 考えられるだけ、考えましょう。
 そして、それをみんなで共有しましょう。
 事故は防ぐ言葉と、起こった時にとる言葉。
 言ったこと、頭にあることは、実現します。
 これも言霊なのです。